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スポーツ

「自分を信じることができないボクサーは終わりだ!!」

10回の防衛戦を果たし引退しようとするロッキーの前に、
新進気鋭の強敵クラバー・ラングが現れ、「俺と闘え」と挑発する。
トレーナーのミッキーは「奴は殺人マシーンだ」と止めさせようと必死になる。
「でなければトレーナーを辞める」と。
「俺はチャンピオンとして10回も防衛してきたんだ」と言うロッキーに対し、
「それは相手を選ぶことができたからだ」と答えるミッキー。
「つまり弱い相手を俺に対戦させたのか?」とロッキーは問い正す。
言葉を詰まらせたミッキーは「これで最後にしろ」と対戦を承諾する。

ミッキーは試合直前に心臓発作で倒れる。
いつもセコンドにいるはずのミッキーがいないからか、
結果はKOの惨敗。
控え室に戻ると、最期のミッキーに別れを告げる。
「勝ったよ」と嘘をついて。

再戦を決意するロッキーは、
前チャンピオンのアポロをトレーナーに迎え、
ロサンゼルスで練習に励む。
心のより所としていたミッキーが死んでしまった孤独感、
偽チャンピオンだったのではないかという苛立ちと傷心、
ロッキーは何もかも投げ出そうとする。

「ボクサーが自分を信じられなくなったら終わりだ!!」

そんな弱気な夫に妻エイドリアンは激励する。

「あなたは私たち家族を守ってくれた。同じようにミッキーもあなたを守っただけ」
「今度はもう誰のためでもない、何のためでもない、自分のために闘って!!」
「闘うボクサーをあきらめないで!!」と。

あの内気なエイドリアンの変貌ぶりに驚いたロッキーは
「強くなったな」とつい口にする。

「闘っている時のあなたが好きなだけよ」
(ピンチの夫を助けることができるのは、妻だけかもしれない)

『自分を信じる者だけが闘える』

あなたが自分を信じる心を持ち続けるなら、
人生という戦場から逃げ出すことはないだろう。
思う存分闘おうではないか。
疲れ切るまで。

映画 『ロッキー5』 は駄作。見なくてもいい。

シリーズ1から4まではボクシング映画として最高傑作だったのに、
なぜ5では単なる格闘映画になり下がってしまったのか…残念!!

引退したロッキーの前に一人の若者トミー・ガンが現れ、弟子になる。
トレーナーとしてのロッキーの助力により、トミーは世界チャンピオンにまでなった。
だが真のチャンピオンはロッキーだという声に激怒し、ロッキーに試合を申し込む。
取り合おうとしないロッキーに苛立ったトミーは、ロッキーの親友ポーリーを殴る。
それを見たロッキーは路上で彼と決闘し、KO勝利して終わる。

ボクシングファンの僕としてはあまりにもお粗末なシナリオだとしか思えない。

「なぜ路上で殴り合いの試合をするの?」
(それはボクシングじゃないだろ!?)

「ロッキーが煙草を吸ったよ」
(プロボクサー意識はどこへいった?)
【注:煙草はスタミナを減らす】

「前作4で父として息子に“男”の生き様を見せるためリングに上がったのに、
なぜ5では息子への関心を無くし、トミーを溺愛するの?」
(いじめられた仕返しに息子もボクシングを始めたのに)
≪父親として息子が自分と同じ職業に就くのは涙が出るほどうれしいもの≫
《でも危険なボクシングはさせたくないのも親心》

僕のこの感想を裏付けることに、映画の興行収入は最低だったそうな。
演じていたロッキーと同じく、脚本家スタローンの絶頂期はすでに終わっていたのですね。
5は本当に見なくてもいい。
がっかりするから。
(でも『ロッキー ザ・ファイナル』は見てね)

【私のコメント】

ロッキー5の出演者

トミー・ガン役のトミー・モリソンは当時世界ヘビー級チャンピオンだったらしい。
(黒人が多いヘビー級で白人がチャンピオンになる。スタローンの目に止まったのだろう)
息子役はスタローンの実子セージ・スタローン。

ちなみにスタローンは4のドラゴの妻役の女性と結婚したらしいが、後に離婚。
時間的に考えてセージはその時の子供ではないだろうね。

「人生ほど重いパンチはない」とロッキーは息子に諭す。

親の七光りで絶えずチャンピオンの父と比較されて、
あげつらいに悩む息子に父ロッキーは言う。

「世の中はいつもバラ色ではない」
「そこは辛くて厳しい所だ」
「油断してたら二度と這いあがれなくなる」
「どん底から抜け出せなくなる」
「どんなにきついパンチを食らおうと、どんなにこっぴどくブチのめされようとも、
ひたすら苦痛に耐え、前に進み続けろ」
「そうすればその先に勝利がある」
「自分の価値を信じるなら、パンチを恐れず前へ進め」
「人を指差し、自分の弱さをそいつのせいにするな」
「そんなことはひきょう者のすることだ」
「お前はひきょう者ではないだろ?」
「自分を信じなきゃ、自分の人生ではなくなる」
「この先どんなことがあっても俺はお前の親父だ」
「これからも変わらずにお前を愛し続ける」

自分の思い通りにならない世界。
それを仏教ではサハー(娑婆)と言う。
懸命に生きていても、なかなかうまくいかないことばかりでウンザリする。
そんな娑婆の世界でひたすら前へ進み、勝利をつかみ取る。
生やさしいことじゃないぜ!?
そんなことは分かっている。
誰でも己の抱いた夢がある、いやあったはずだ。
胸の中にしまいこんで結局は果たせずにいる、挑戦もせずにいる。

プロのライセンスを再発行するために赴いた委員会の重鎮にロッキーは言う。
「自ら挑戦する者の権利を止める権利は誰にもない」
さらに詰め寄り
「年を取るほど失うものも多い」
「残った俺の挑戦心まで奪わないでくれ!!」と。

過去を振り返るばかりだったロッキーの前に若い挑戦者が現れ、
眠りかけた情熱を再び燃え上がらせる。
夢を失いかけた息子に“男”の生き様を証明するために、
現実というパンチで打ちのめされてしまった周囲の仲間を励ますために、
愛妻との思い出を光り輝かせるために、
闘うボクサー、ロッキーが今、リングに上がる。
(続きは見てのお楽しみにね)

「弱い者に勝ってどうする?」と空手の師範代は言う。

邦画 『黒帯』を見ていたら、印象に残ったセリフでした。

自分が勝つということは、
相手が自分よりも弱かったということだから、
「弱い者に勝った」ということになります。

一体“勝負”とは何だろう?
“勝つ”とはどういうことなんだろう?

僕の定義するところを言わせて頂くなら、
“自己の欲望に克つこと”を〈真の勝利〉としている。
すなわち“克己心”こそが強さの証明ということだ。

自分の弱さ・ズルさ・醜さ・愚かさ・軽薄さ・自虐・高慢・欺瞞・無恥・頑迷・偏執・肉体的疾患…
それを己が背負いし「カルマ」とみなすならば、
“カルマに克つ”
これが本当の強さであろう。
本当に強い人間はカルマに勝てる。
ひとたび負けても屈伏しない。
再び立ち上がるのだ。

『ファイター』 兄弟っていいものですね。


DVDとブルーレイです。

ボクシング映画と言えば『ロッキー』シリーズですが、
『ミリオンダラーベイビー』も良かったです。

今年上映されたこの『ファイター』も人間関係の温かい絆を見せてくれてます。
実話に基づいたストーリーのようですよ。
家族っていいものだな、ほんのりした映画でした。
よかったらレンタルで借りて見て下さい。

それにしてもクリスチャン・ベール“ヤク中”ぶりは
見てるこちらまで心配になってしまうようなイカレぶりでした。
私生活でヤってないことを願います。
(wikiを読んだら、役作りのために13キロの減量と、髪の毛を抜いて歯並びも変えたとあります)
スゴイ役者魂ですね。

ハリウッドの裏側が麻薬で汚染されていなければいいのですが。
以前日本の芸能界でも問題沙汰されたことですし。
どうなってしまうのでしょうね、スターの行く末は…
スターはスターであってほしいものです。